
| | 「随筆 宮本武蔵」(講談社) 遺跡紀行 より引用・抜粋
| 武蔵が一乗寺下り松に立って多数の敵にまみえた日のまだ朝も暗いうちに、彼は、死を期したこの危地へ来る途中で、八大神社の前で足を止めて、「勝たせたまえ。きょうこそは武蔵が一生の大事。」と彼は社頭を見かけて祈ろうとした。拝殿の鰐口へまで手を触れかけたが、そのとき彼のどん底からむくむくわいた彼の本質が、その気持ちを一蹴して、鰐口の鈴を振らずに、また祈りもせずに、そのまま下り松の決戦の場へ駆け向ったという。
武蔵が自分の壁書としていた独行道のうちに、 「我れ神仏を尊んで神仏を恃(たの)まず」 と書いているその信念は、その折ふと心にひらめいた彼の悟道だったにちがいない。武蔵にこの開悟を与えたことに依って、一乗寺下り松の果し合いはただの意趣喧嘩とはちがう一つの意味を持ったものと僕はそう解釈する。
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